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福岡地方裁判所行橋支部 昭和56年(ワ)137号 判決 1982年12月23日

原告

黒木盛義

右訴訟代理人

塘岡琢麿

被告

苅田町

右代表者町長

尾形智矩

右訴訟代理人

福田玄祥

主文

被告は原告に対し、金五六七万四五〇〇円及びこれに対する昭和五六年一二月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七一七万四五〇〇円及びこれに対する昭和五六年一二月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五四年九月二三日施行の苅田町議会議員選挙(以下たんに「本件選挙」という)に立候補した。

開票の結果、訴外佐谷登喜蔵が四六六票の得票で最下位当選者とされ、原告は四六五票で次点であり最高位落選者とされた。

2(一)  原告は本件選挙の当選の効力に関し苅田町選挙管理委員会(以下たんに「町委員会」という)に異議の申出をしたところ、町委員会は昭和五四年一〇月一八日これを棄却した。

そこで原告は、さらに福岡県選挙管理委員会(以下たんに「県委員会」という)に対し審査の申立をしたところ、県委員会は昭和五四年一二月二一日最下位当選者訴外佐谷登喜蔵の得票には「佐谷登喜蔵君へ」なる無効票が存在し、その結果、最下位当選者と最高位落選者はいずれも得票数四六五票になるとして前記訴外人の当選を無効とする裁決を行つた。

(二)  その後、前記訴外人は県委員会を相手とし福岡高等裁判所に当選の効力に関する取消請求訴訟を提起したが同裁判所は県委員会の裁決を支持し、前記訴外人はさらに最高裁判所へ上告したが同裁判所も昭和五六年一〇月二二日上告を棄却した。

(三)  そこで、選挙会がひらかれ抽選の結果昭和五六年一一月五日原告の当選が確定した。

3(一)  本件選挙は町委員会委員長森山明を開票管理者として施行されたものであるが、原告も最下位当選人であるにもかかわらず、これを落選としたのは町委員会が「佐谷登喜蔵君へ」なる票を当然無効とすべきであるのに右票を故意若しくは過失によつて有効票としたためである。

そのため、原告は二年一月余の間議員としての地位を得ることができず、後記の損害を蒙つた。

(二)  ところで、右開票管理者は投票の効力を決定する権限を有するいわゆる公権力を有する公務員であるから被告は国家賠償法一条により右開票管理者がその故意、過失により原告に与えた後記損害を賠償する責任がある。

4  原告は当初落選者とされていたことにより次の損害を蒙つた。

(一) 得べかりし利益

金五一七万四五〇〇円

原告が当初から議員であつたならば当然受けるべき議員歳費である。

(二) 慰謝料 金二〇〇万円

原告は当選確定までの二年一か月の間政治家として政治活動ができず、しかも落選者とされ多大の精神的苦痛を味わつた。また、異議申立等に多大の出費を余儀なくされた。

5  よつて、原告は被告に対し金七一七万四五〇〇円及びこれに対する昭和五六年一二月一八日(本訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の(一)の事実は本件選挙が町委員会委員長森山明を開票管理者として施行されたものであることは認めるが、その余は否認する。

同3の(二)の事実は開票管理者がその主張のような公務員であることは認めるが、その余は争う。

3  同4の事実は原告が当初から議員であつたならば受けるべき議員歳費の額が金五一七万四五〇〇円であることは認めるが、その余は争う。

4  原告が町議会議員となつたのはあくまでも抽選の結果原告が当選人となつた昭和五六年一一月五日からである。

何故ならば原告と訴外佐谷登喜蔵とは当選の効力に関する争訟の結果得票数が同じということになつたのであり、当選人を決めるためには公職選挙法九五条二項により抽選という手続をしなければならない。このため開票の結果得票数の順番に従い自動的に当選人が決められる場合と異なり、抽選手続が行なわれるまではどちらも当選人とはならず、抽選の行なわれた時点ではじめてどちらかが当選人となるのである。

そして、抽選という手続の性質上、その結果はこれが実際に実施された時点ではじめて確定するのであり、その結果をもつて他の時期に実施しても同じ結果になることはない。開票時点で直ちに抽選が行なわれたとしても原告が当選人となる可能性は二分の一であり、必らず当選人となつたものではないのである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで本件選挙にあたつて開票管理者に故意、過失が存在したかについて判断するに、県委員会が原告の審査の申立に基づき票を点検したところ訴外佐谷登喜蔵の得票中に「佐谷登喜蔵君へ」なる無効票が存在していたことは当事者間に争いのない事実であり、右無効票は本件選挙の開票時にも存在していたものと推認される。そうであるとすれば開票管理者は開票に際しこの無効票を不注意により見落したものといわざるをえないが、この過誤は明白な過誤であり、開票管理者が通常の注意を怠らなければ避けられたものであり、過失があつたものと認めるべきである。

そして本件選挙の開票管理者が町委員会委員長森山明であること、同人は投票の効力を決定する権限を有するいわゆる公権力を有する公務員であることは当事者間に争いがないから、被告は国家賠償法一条により開票管理者が原告に与えた損害を賠償しなければならない。

三損害について判断する。

一般論としては開票管理者の過失により当選の機会を奪われた候補者が当選の効力が生ずるまでの間に失なつた得べかりし議員歳費や慰謝料を請求することはその損害が開票管理者の過失と相当因果関係の範囲内にある限り許されることと思われる。

ただ本件では原告の当選は昭和五六年一一月五日に行なわれた抽選によるものであり、開票時点での抽選の結果によるものではないことが問題となる。被告はこの点をとらえて原告の当選は開票時点に遡るものではないし、開票時点で直ちに抽選が行なわれたとしても原告が当選人となる可能性は二分の一であり、必らず当選人となつたものではないと主張している。

思うに原告の当選が開票時点に遡るものではなく、又開票時点で抽選を行なつたとしても原告が必らず当選人となつたものではないことは被告主張のとおりである。しかしながら、本件は原告が開票時点に遡つて町議会議員の地位を取得したものとして歳費を請求しているのではなく、開票管理者の過失により損害を受けたとして損害賠償を請求しているのであり、相当因果関係が認められるかどうかが問題であつて、当選の効力が遡及するかどうかということとは直接に関連するものとは思われない。又、開票時点で抽選を行なつても原告が必らず当選人となつたものではないが、原告は開票管理者の過失により開票時点での抽選の機会を奪われたのであり、訴外佐谷登喜蔵の当選無効が確定するまで原告には抽選の機会がない以上、後日行なわれた抽選であつても、結果として当選人となつた場合には損害賠償の面においては開票時点で抽選が行なわれたと同視すべきであり、その間の議員歳費及び慰謝料は開票管理者の過失と相当因果関係のある損害と認めるべきである。

(一)  得べかりし利益

金五一七万四五〇〇円

原告が当初から議員であつたならば受けるべき議員歳費の額が金五一七万四五〇〇円であることは当事者間に争いがないのでこの額を損害と認める。

(一) 慰謝料  金五〇万円

原告は当選確定までの二年一か月間政治家として活動できなかつたこと、落選者とされたことの精神的苦痛に対する慰謝料の額は金五〇万円が相当である。

四以上により原告の本訴請求は被告に対し金五六七万四五〇〇円及びこれに対する昭和五六年一二月一八日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(草野芳郎)

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